東京地方裁判所 昭和34年(タ)246号 判決 1960年9月24日
原告 A
被告 B
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
(略)
理由
一 原告と被告とが、昭和二十五年十月二日届出による婚姻をした夫婦であることは、その成立を認むべき甲第一号証(戸籍謄本)の記載によつて明らかである。
二 ところで証人Sの証言に原、被告双方本人の供述の一部を綜合すると次のような事実を認めることができる。
原被告は、ともに外務省内にある樺太庁残務整理事務所に勤務していたところから、やがて恋愛のうえSの媒酌で、昭和二十五年二月結婚式をあげ、同棲するようになつたが、被告が神経痛の持病を持つていることもその原因となつて、被告においても家事に専念することができず、このため、原告は、外務省等に勤務しながらも、被告より先に起きてみずから朝食の仕度をしたりしなければならないようなことが屡々あつた。また原、被告は、婚姻後間もなく原告の勤務する肩書地所在の外務省宿舎に入居し、爾来今日まで同所に居住しているが、被告は、同宿舎においても宿舎内外を清潔にするために宿舎居住者が申し合わせて輪番に行う当番についても、時々これを怠つて同宿の人達の抗議をうけたこともあり、或いは、残飯を何日も室内に放置してそのために蛆を発生させたり、洗濯物を何日もバケツに浸けたまま放置してこれを錆びつかせたり、夜中に大声でどなつたりといつたような奇矯な行動をとつたこともあり、また昭和二十五年秋頃には、原告といさかいをした挙句、出勤して新聞を続んでいた原告の顔を机をふいた雑布で拭つたり、同二十六年秋頃には、前日の晩に別居しようと原告から言われて興奮し、原告に鋏をもつて突きかかり、このため原告は傷害をうけたようなこともあつた。尤も原告も屡々被告を手拳をもつて殴打する等のこともあつて、必ずしも被告のみが暴行を働くというわけではないが、婚姻後の原、被告の夫婦仲は、かようなことから必ずしも円満ということもなく、とかくいさかいが起りがちであつた。このような原、被告の夫婦仲は、すでに近隣の人達を通じて、勤務先の同僚の知るところとなつており、かようなことから赤面した原告は、その勤務する外務省において、所属部課を替えてもらつたこともあつた。以上のような経過を経て、原告はもはや被告に対する情愛を失つているが、(尤も夫婦間の肉体関係は、昭和三十五年春頃まではあつた。)被告は、現在においてもなお原告との家庭生活を続けてゆく考えでいる。
原、被告双方本人の供述中、右認定に牴触する部分は、前掲証拠と対比してこれを信用することができない。
三 以上認定したところに従えば、原、被告の夫婦仲がとかく円満を欠くにいたつた主な原因は、前段認定のような被告の奇矯な行動にあることが認められ、また被告には家庭の主婦としての意欲および能力に些か足らないものがあることはこれを否定できないが、さりとて、前段認定のすべての事由を綜合しても、未だこれをもつていわゆる婚姻を継続し難い重大な事由があると断ずることもできない。尤もいまや原告は、被告に対する情愛を失つているが、被告は、前認定のように現在においても、なお原告との婚姻生活を続ける考えを捨ててはいないのであるから、被告において反省するならば、原告が再び被告に対し、妻としての愛情を持ちえないとは断言できない。
四 果して以上のとおりであるとすれば、本件において、婚姻を継続し難い重大な事由があるとはいえないから、被告との離婚を求める原告の請求は、失当としてこれを棄却すべきものとし、訴訟費用について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 天野正義)